IATAトラベルパス:デジタルヘルスパスポートが形作る旅行・観光業界回復の見通しとは

※本記事は英語でもご覧頂けます:IATA’s Travel Pass: How Digital Health Passports Will Shape Travel’s Recovery

2020年12月、国際航空運送協会(IATA)は遅れている航空業界の回復を促進すべく、モバイルアプリ「トラベルパス」の概要を発表した。新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックによる世界的な旅行観光業界への打撃は大きく、米国の三大航空会社の発表したレポートによれば、2020年の旅客収入はいずれも65%以上減少している。同パスの導入については、シンガポール航空が2021年3月に初の本格的な導入テストを行っており、来たる4月中旬にはiOS仕様も提供が始まる予定だ。「トラベルパス」の導入により、航空会社や乗客はより簡単に健康に関する情報の記録や確認ができるようになるものの、同業界が望む回復速度での旅行再開とはならないだろう。加えて、同プロジェクトへの反対意見が増えていることから、導入が制限される可能性もある。

IATAの「トラベルパス」とは何か?

IATAの「トラベルパス」は、COVID-19の検査やワクチン接種の記録を管理できるデジタルヘルスパスポートである。この構想自体は新しいものではなく、Carte Jaune(国際予防接種証明書)のように、特定の病気に関して旅行者の予防接種歴を証明する手段として活用されてきたものもある。同パスは、旅行者が渡航先の求める最新の健康条件を確認でき、かつ、乗客がその条件を満たしているかを航空会社が確認しやすいようにするために開発された。航空会社にとっては、乗客が提出するCOVID-19検査結果の信ぴょう性が保証されるだけでなく、ワクチン接種の有無を確認する手段にもなる。なお、American(アメリカン航空)やLufthansa(ルフトハンザドイツ航空)などでは、IATAの「トラベルパス」と同様のサービスを提供する別のデジタルヘルスパスポートを導入している。

なぜ今、デジタルヘルスパスポートに注目が集まっているのか?

渡航禁止令の裏で、航空旅行回復の最大の課題となっているのが隔離要請である。航空業界はデジタルヘルスパスポートを導入することで、各国政府がより正確なCOVID-19検査結果を確認できる同サービスを支持し、隔離要請を入国者の必要条件から外す裏付けとなることを期待している。IATAはカナリア諸島を例に挙げ、政府が隔離要請を解除することで、航空旅行がいかに早く回復するかを主張している。

カナリア諸島では、2020年10月に入国者の隔離要請を解除したところ、同諸島行の航空機の搭乗率がおよそ一晩で急速に伸びた。2021年1月、英国で講じられた2回目のロックダウンにより旅行客が減少する一方、IATAの関係者はこの例を引き合いに出し、「トラベルパス」が航空旅行の回復を促進する手段になるとした。

世界全体の入国者数(2018年~2026年)

Source: Euromonitor Travel Forecast Model. Note: C19 Pessimistic 1 scenario assumes growth in global COVID-19 cases in 2021 will decrease the level of international travel arrivals.

デジタルヘルスパスポートに立ちはだかる課題

「トラベルパス」によって旅行者のCOVID-19検査結果の情報が簡素化されるにしても、政府に隔離要請の中止を決定させることは難しいだろう。むしろ、COVID-19の変異株の出現で隔離ルールはさらに厳しくなりつつある。例えば、2021年1月、米国は入国者への隔離要請を発表することで、国境を超える旅行には隔離対策が不可欠であるとの同国政府の考え方を変えない姿勢を示した。ワクチンがより多くの一般市民に行き届くまでは、海外旅行と隔離対策は今後も切り離すことはできないだろう。

ただし、隔離要請の長期化によってデジタルヘルスパスポートの使用機会がなくなるわけではない。政府が海外旅行の際にワクチン接種を必要条件とするのであれば、不可欠なものになる可能性もある。欧州委員会は2021年3月17日に「デジタルグリーンパス」を導入する案を発表した。同パスは、旅行者の健康に関する情報を記録、管理するとともに、これを活用して欧州域内の旅行を促進したい同委員会の期待が込められている。ギリシャなどの観光客頼みの国々は、旅行観光業回復のため、これまでも同様の対策の必要性を訴えていた。

一方で、IATAの「トラベルパス」や「グリーンパス」などのヘルスパスポートに対しては、批判もまた増加している。ベルギーの外務大臣や世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は、接種できるワクチン数に限りがあることや移動の自由を制限する可能性を含んでいることなどから、このような取り組みを差別的であるとして批判的な立場を取っている。また、公衆衛生の専門家たちの中には、旅行者がこのパスポートを持つことで、どの国に行っても自分はCOVID-19変異株には感染しないといった誤った認識を持たせる可能性があるとして、慎重な姿勢を示す者もいる。

今後の見通し

このようなデジタルヘルスパスポート論争が浮き彫りにしたのは、航空業界の前途多難な見通しである。ユーロモニターの最も楽観的なシナリオでは、飛行機の利用者数がパンデミック前の水準に回復するのは、早くて2023年以降になると予測しているが、多くの市場ではそれ以上かかる可能性もある。各国で一般市民へのワクチン接種が進む中でも、同業界が乗り越えるべき課題は山積している。今後旅行者の航空旅行が再開する中で、デジタルヘルスパスポートはより普及していくだろう。ただし、航空業界の回復は、乗客の健康に関する情報管理能力の向上よりも、長期的なCOVID-19感染者の減少にかかっている。

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(翻訳:横山雅子)